昭和61年生まれ。大阪電気通信大学総合情報学部卒業後、新卒で大手ゲーム会社に入社。ゲーム開発を13年経験後、2021年に独立。個人開発したゲーム『PICO PARK』が全世界100万本のセールスを記録。新たな体験価値を創造すべく日夜活動中。
略歴
現在の仕事についた経緯
元々の動機は、楽しいことを仕事にしたかった、身近にあった楽しいことがゲームだった、というシンプルなものでした。
しかし、やるからにはどこかで見たような作品ではない、新しいゲームを作りたいと思っていました。それに向かって日々、インプットとアウトプットを繰り返していましたが、35歳になった時、今後の人生をどうしたいのかを考えました。
会社に所属して会社の求めるゲーム作りではなく、誰からも何かを言われることのない環境で自由に作品作りをしたくなり独立を決意。結果的に独立直後にヒット作を出すことができ現在に至ります。体験価値こそ自分の考えるゲームの価値と信じて創作活動中です。
仕事へのこだわり
元々、プログラマーとして入社しましたが、言われたものをプログラミングしても“面白くなければ全くもって意味がない”という意識は当初から持っていました。なので社内のプランナーとも納得できないことに関しては話し合いましたし、自分からも面白くなるよう提案していました。
私は、面白いことが正義だと思っていました。そして面白いものを作れるようになるために、常にインプットとアウトプットを意識して生活をしていました。
その際、ゲーム、音楽、漫画、映像、アート、お笑い、様々なエンタテイメントに触れてきましたが、それら同士の境界線を自分の中で作らないことを大事にしました。
ゲームという媒体はあらゆる要素を含んだエンタテイメントであるため、境界線を作ることは、自分から“ゲームとはこういうもの”という枠を作ってしまう行為となり、自分の視野を狭めてしまい、新しい面白いを作るには障害になると考えています。今はその境界線を曖昧にするような作品を作ることにも興味を持っています。
また、これは途中からこだわるようになったことですが、マーケティングにおけるペルソナをはっきりさせることにはこだわります。我々がどういうターゲットに向けてエンターテイメントを届けようとしているのか、そこをペルソナレベルにまで落としこんで考えることが、ユーザーの深い部分に届けるために必要な行為と考えています。
ペルソナは、自分が想像できる人でもいいですし、自分自身でもいいと考えています。どこかにいそうと思えるペルソナを作り、そこに向かって人が作らなそうな面白いものを届ける、それが私のこだわりです。
若者へのメッセージ
2022年現在、今は個人で自由にエンタメを発信できる時代になりました。しかも世界中の人達に。収益化もできる。十数年前は会社を通さないとできないことばかりでした。この10年で劇的に変わっていった変化だと思っています。私はこれはとても恵まれた環境だと思っています。
拙作PICO PARKは世界中で100万人以上の人達が買って遊んでくれていますが、そのリアクションもリアルタイムに見ました。PICO PARKはコミュニケーションの面白さを特に意識して作りましたが、そのリアクションを見てみると言葉が違えど、人間が面白いという感情の本質的な部分は関わらないなと強く感じました。
自分が感じる面白いを大事にしてください。心の底から面白いと思えることがあれば、例えそれがニッチでも世界中になれば大きな数になると信じています。是非、自分の中の心から思う面白いを形にして、今の恵まれた環境を活用して発信してみてください。